KP-5mikas はりぼての寄生虫

アイテム番号: KP-5mikas

オブジェクトクラス: a parasite

 

KP-5mikasは、誰かの紹介を通じて職場に侵入し、無断欠勤と内容が不備だらけの成果物提出を繰り返します。

 

無断欠勤後に自分から謝罪を行うこともなく、職員に指摘・注意されて初めて「スミマセン」と口にする性質がありますが、KP-5mikasの「スミマセン」は形式だけのものであり、当該事項が改善されることは決してありません。

 

 

KP-5mikasの自己防衛システムには、「スミマセン」の他、「スミマセン」で済まなそうな事態を引き起こした後に「やむをえない事情」をその場で初めて開示する装置が組み込まれています。

 

「やむをえない事情」により、社会的に庇護されるべき存在の一部として自己をアピールするこの傾向は、以前存在していたKP-5u2u(2018年記述)にも見うけられました。

 

KP-5mikasは非協力であることに加えて、自分の知性に自信を持っているようなそぶりを見せます。これは自己暗示にも近い繰り言であると考えられ、直近の指示を出している職員不在の機会が与えられた時、不備だらけの提出物を即座に『完成』させたと喧伝することで偽りの証明を試みている様子からも明らかになっています。

 

仮にKP-5mikasの所業の管理を放棄・放置した場合、中規模かつ制御されない社会的損害が引き起こされます。したがってKP-5mikasは、一見労基署に睨まれやすい企業・団体を弱体化させるための兵器としての運用可能性があるようにも思えますが、その場合も別の方策を検討した方が効率的でしょう。

アナザーエデン プレイ途中感想(今19章)

特定の複数の時間軸を主人公が行き来するタイムトラベルもの。チュートリアルの時点からメインストーリー上かなり重要と思われる要素がモブNPCの会話にさりげなく組み入れられており、ストーリー上の描写はあえて必要最低限にしてテンポを重視しているように見受けられる。

 

ゲームを進めるうちに主人公アルド君の心理がよくわからなくなってきた。

 

妹がさらわれる→追いかけてボコられて気が付いたら未来→とりあえず未来の人に手を貸してたらその時空が崩壊してしまう→古代へ→なんやかんやで崩壊した時空を修復させる

 

軽く書き出すだけで相当な出来事を経験しているが、旅のきっかけがさらわれた妹の救出だったはずが、途中から世界の命運>>>妹くらいの感覚になっている(途中で「フィーネのこと"も"気になるし」というセリフがあった)。これは自分が交流した世界が滅亡するという強烈な体験によって優先順位が生まれてしまったということなんだろうか。

 

それにしてもフィーネは魔獣にナニカサレテ意識が無い状態のままどっか消えてるんだから、もうちょっと気にかけてもおかしくないと思うが...大事な存在と世界が両方とも危機にさらされ、どちらから手をつけていいかわからなくなり葛藤するというようなシーンも特になく、「世界ヤバいんで世界優先します」というスタンスを自然ととっているアルド君はもしかしたら大物なのかもしれない。

 

ストーリー上の仲間キャラとの結びつきも割とナゾというか、成り行きでどうしてここまで感がすごい。たまたま出会っただけなのにずっとついてきて支えてくれるリィカ(まあアンドロイドだし)、たまたま出会っただけなのにずっとついてきてくれて戦いの助けになってくれるサイラス(武士の心をお持ちだし)。彼らが発言するたびにいったいこいつらは今どういう心境でここに立っているのだろうとか思ってしまうのは多分俺の心がけがれているだけなんだろう。世界が危ないから協力しなければならないという、ただそれだけの目的なんだと思うことにした。

 

 

※製作者はストーリーにフォーカスさせるため古風なRPGスタイルを選択したが、それが現代の基本プレイ無料RPGのキャラクターが重視されがちという性質といまいち噛み合っていないのかもしれない

今だからこそペルソナ5のシナリオの残念さを振り返る

 

序盤は緊張感に満ちていて最高だった。爪弾きにされた少年少女が寄り添って汚い大人の支配に抗うというプロットは王道ながら魅力的だったし、クラスメイトは勿論保護者からも「危険なヤツ」として距離をおかれ、学校側には「問題を起こすな」とクギを刺されるあの閉塞感。

 

モルガナと出会った後に『人の心を操作するというのはとても危険なことで、最悪死んでしまう」という事を明示されつつも「それでもやるしかない」と決意していたのは説得力があったし、カモシダが全ての罪を告白するシーンは、意に添わぬ強大な力によってねじ伏せられてしまう人間の悲哀があり、良い意味でカタルシスとは程遠いものだった。

 

問題はその後の展開全てである。明智君が番組でクギを刺したように怪盗団の行為はとても「正しい」とは言えないリスクをはらんでいる(=過失致死)。にもかかわらず活動を継続していくが、そこに対する葛藤はない。また、葛藤が無い点をあえて描写しているようにも解釈は可能だが、明らかに不足している。

 

少なくとも序盤では、怪盗団が『改心』(という名の自由意志を奪う洗脳行為)に手を染めるのは、必ずしも全ての方向に正しい選択とはいえなくとも、するべきことだからやらなければならない、という方向性だったと思う。しかしそれも気が付けば分かりやすい正義と悪の二項対立のような描写になっていた。怪盗団は正義なので人命を脅かしても正義。ゲーム内のサブクエストでも、多くの人間の思考を操作することでトラブルを解決させているのも不快感を加速させる。

 

そんなモヤモヤした状態で突き進んだ上で提示される、定石をなぞっただけのカタルシス(笑)シーン。そう、「がんばれ怪盗団!」だ(PS4の電源を切ろうか悩んだ)。それまでずっと怪盗団の支持率変動を画面に表示させていたのは、最終的に『怪盗団は正しい』という評価に帰着させるためのものにすぎなかったのだろうか?

 

こうした点は明智君が客観的に主人公たちの行為を分析し、中和してくれる役割として機能していればもう少し納得できたと思うので、彼の扱いは非常に残念でならない(序盤の番組内での問いかけはそれを期待させるものだった)。

 

その他の仲間キャラ関連のアレコレとかラスボスのアレコレは全カットしておくが、ゲームとしては面白かった。

 

 

行き場のない怒りについて

仕事のストレスが最高潮に達してしまった。

 

原因は上司でもないし取引先でもない。

 

同僚である。

 

プライベートの付き合いをするぶんには問題ないだろう人間だが、

同じ環境で働いているのが本当に苦痛になってきた。

 

そういうわけで今回は完全な愚痴になる。

 

(2018年始まって最初の更新が仕事の愚痴というのもどうなんだ)

 

・連絡無しの遅刻はあたりまえ

何度注意しても生返事だけで改善がない。

最初のころは毎日「電車が遅延した」などとほざいていたが最近は言い訳の説明すらなくなったしこちらももう何も聞かなくなった(現在は病弱アピールに切り替わっていて、ひどい時には"貧血なんで少し休んでいきます"とだけ言ってから3時間後にやってきたりなどする)。そのぶん残業してカバーしているなどと付け加えているが、遅れた分の仕事が全部俺に回ってきているだけで無意味(伝えても意味が無かった)。

 

・主体性が無い

指示待ちどころではない。自分が当事者のトラブルについて「○○さん(上司の名前)どうするんだろ~」とか言う。特定の案件について、上司はもちろん担当者ではない俺にまで「相談」と称したチェックを押しつけてくるが、そのほとんどが取るに足らない内容の確認。要するに単純に仕事の責任を他人に押し付けたいだけ。毎月のルーチンワークですら、ムダなことを何度も何度も確認してくる。自分で決断できない。議事録も「言われてないからいっか~」として作成しない(基本的な業務フローとして議事録の作成は指示がなくとも作るのが基本だということは重ねて伝えている)。

 

・仕事が遅い

いちいち指示を仰ぐし必要ない箇所の確認まで押しつけてくるので当然仕事は遅い。

途中まではこうすれば効率的になるんじゃないですか、とあれこれアドバイスしていたが、一度アドバイス済のこともいちいち口頭で確認してくるのでもう何も言わなくなった。

 

・連絡に気付いていないふりをする

仕事の連絡が入っていても自分のタスクに没頭して気付かないふりをする(なぜかいつも最重要ではない案件を手掛けている)。そして出勤が遅いので、結局連絡事項に関するタスクはほぼ全てが俺に回ってきている。それに関しては、申し訳なさそうなポーズをとることだけに徹している。更には俺に特定のメールについて「これ返信した?えっしてないの?まじか~~~」とか言い始めることもあった。

 

・多忙アピール

仕事を他人(主に俺)に押しつけまくっているのに「忙しくてそれどころじゃなくて~」とか言っちゃう。

 

心底ムカついてるので、もういっそコイツの仕事をほとんど取り上げてしまったほうがいいんじゃないかと思い始めたが、のうのうと寄生してくるであろうヴィジョンも見えている。

 

だが振り返ってみると俺もブーメランしている箇所が無いわけでもないので、反面教師としてはまあ良いのかもしれない。それに本当に一部のことに関してはパフォーマンスは出るので、多分他にもっと向いている仕事があるんだろう。

 

社会人として最低限の態度は持って接しているがそろそろ本音が漏れそうで危ない。

メッセージという力

 社会に出るようになってから、コミュニケーション能力の重要性は想像を超えたものであったということを痛感する。そして、社会的地位が高い人、あるいは有能な人というのは、元々優秀なことに加えそういった外殻によって何気ない一言で他人に大きな力を与え、奮い立たせることができるのだと気付いた。

俺は小説が好きだ。有名な実業家が書いたHowTo本ではなく、

どこの誰ともしれない、ろくな人生を送ってきたのかもわからない、無名の人間が、誰かに己の想念を届けるべく、審査を潜り抜け持ち込み担当とヤイヤイやりあいながら書き上げたメッセージ性のある小説。俗っぽいパロディにまみれていてもいいし、道徳的なものでなくてもいい。美少女イラストにまみれているかどうかも関係ないし、文章量のボリュームも問題ではない。

 どこの誰とも知れない誰かが書いたメッセージに痺れさせられる瞬間が好きなのである。その時俺は人間ではなく(あるいは肩書ではなく)作品だけを見ている。作品だけを見ているのに誰かの想いというものを非常に強く感じることができるからだろう。

 

たとえその作家が一年以上かけて苦労した書いた内容が

偉くて優秀な人がちょっとだけコストをかけてやった講演と同じ程度の効果だとしても、俺は前者を選ぶと思われる。

 

しらける瞬間

  グランブルーファンタジーの話だが、ゴールドムーン導入、SSRフェリ登場と来たあたりから一気に課金・無課金の戦力差は広がったのではないかと感じる。無課金は風、課金者は光を選択するのが大正義という状況。もちろんプレイヤーは自分の好きな属性を強化していってもよいのだが、マルチバトルでこの2属性があまりにも暴れ回っている。

 自分の身内があまりにもやりこんでいるためこの狂気の沙汰のようなレースについていっている、というか先頭を行っているようなプレイヤーすら混ざっているのだが、彼らのやりこみを傍観しているだけでもう満足してしまった。

 オンラインRPGは自分のかけた情熱と時間(効率プレイ)がものをいう世界で、そしてそこに終わりは無い。そういうことを考えていると、対戦ゲームならともかく、終わりのないRPGで効率プレイをする意味はあるのか?などと考え始めてしまう。もちろん、楽しむためにやりこむわけだしそこに異議とか意味を求めるのはゲーマーとしては何か違うとは思うのだが、全員が横並びで課金しながら同じコンテンツを効率プレイしている姿というのは、やはり俺のスタンスではないということなのだろう。