うたわれるもの 二人の白皇を終えて【ネタバレ】

容赦なくネタバレ。

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メッセージという力

 社会に出るようになってから、コミュニケーション能力の重要性は想像を超えたものであったということを痛感する。そして、社会的地位が高い人、あるいは有能な人というのは、元々優秀なことに加えそういった外殻によって何気ない一言で他人に大きな力を与え、奮い立たせることができるのだと気付いた。

俺は小説が好きだ。有名な実業家が書いたHowTo本ではなく、

どこの誰ともしれない、ろくな人生を送ってきたのかもわからない、無名の人間が、誰かに己の想念を届けるべく、審査を潜り抜け持ち込み担当とヤイヤイやりあいながら書き上げたメッセージ性のある小説。俗っぽいパロディにまみれていてもいいし、道徳的なものでなくてもいい。美少女イラストにまみれているかどうかも関係ないし、文章量のボリュームも問題ではない。

 どこの誰とも知れない誰かが書いたメッセージに痺れさせられる瞬間が好きなのである。その時俺は人間ではなく(あるいは肩書ではなく)作品だけを見ている。作品だけを見ているのに誰かの想いというものを非常に強く感じることができるからだろう。

 

たとえその作家が一年以上かけて苦労した書いた内容が

偉くて優秀な人がちょっとだけコストをかけてやった講演と同じ程度の効果だとしても、俺は前者を選ぶと思われる。

 

しらける瞬間

  グランブルーファンタジーの話だが、ゴールドムーン導入、SSRフェリ登場と来たあたりから一気に課金・無課金の戦力差は広がったのではないかと感じる。無課金は風、課金者は光を選択するのが大正義という状況。もちろんプレイヤーは自分の好きな属性を強化していってもよいのだが、マルチバトルでこの2属性があまりにも暴れ回っている。

 自分の身内があまりにもやりこんでいるためこの狂気の沙汰のようなレースについていっている、というか先頭を行っているようなプレイヤーすら混ざっているのだが、彼らのやりこみを傍観しているだけでもう満足してしまった。

 オンラインRPGは自分のかけた情熱と時間(効率プレイ)がものをいう世界で、そしてそこに終わりは無い。そういうことを考えていると、対戦ゲームならともかく、終わりのないRPGで効率プレイをする意味はあるのか?などと考え始めてしまう。もちろん、楽しむためにやりこむわけだしそこに異議とか意味を求めるのはゲーマーとしては何か違うとは思うのだが、全員が横並びで課金しながら同じコンテンツを効率プレイしている姿というのは、やはり俺のスタンスではないということなのだろう。

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低モチベアピールはダサい。

 はっきりいってダサい。普段「やってない」ということはみんな承知だし、定期的にあるイベントで「ちゃんとやり続けている人」に劣るのは道理であるとは思うのだが、かつてやりこんでいたころの自分はそいつよりも上だった、というような余計な意識が働いてしまうのだろうか、余計なアピールをしてしまうことがある。高モチベアピールならばともかく、低モチベアピールは本当にダサい。モチベが無い、モチベが無いと言っておいてちょっとした出来事で手の平を返すのも相当にダサい。自分はダサい要素を羊飼いのようにして引き連れて生きてきたが、流石にそのことを自覚し始めた。

 

 低モチベアピールとは別の話だが、自分がなんらかにおいて一定以上の能力を持っていると匂わせるような発言を自ら行うのもかなりダサい。それをやって似合うのは本当に一握りの人間だけで、実際に成功している人間であっても鼻につくことのほうが圧倒的に多いと思う。格ゲーにしても、自分じゃ昇龍をぶっぱなしまくって最大確定反撃をもらって負けているくせに、初心者をわからせておいて「リスクリターンが合わなくなるので昇龍はあまりぱなさないほうがいいですよ」などと言う者がいたりもする。以前はこういった光景を見たり自ら体現してしまっていてもただもやもやとするだけで終わっていたのだが、今はただイライラとしてしまう。

グラブルをやりこんでみて感じた虚無感について

 グランブルーファンタジーは装備ゲーであり、どんなに豪華なキャラクターを持っていても装備がしょぼかったらEX程度のボスですらソロで討伐することができない。その装備を入手したり鍛えたりするためにはとにかく地道なやりこみと、ドロップ運が必要になってくる。運が良ければよいほどコストは減る、時間と金両方において。かつてやっていたモバマスは本当に札束で殴りあうだけのゲームだったが、グラブルはどちらかというとグルメ的な道楽に近いような印象がある。だがモバマスと同様に飯テロ写メを貼るような感覚で日々ドヤりガチャSS、レアドロSSが飛び交い、ほとんどの場合人々がゲームのボスの強さ云々ではなく運に一喜一憂している姿を目にすることになる。

 

 このゲームは最適行動をとろうとすると必ず時間の浪費とスタミナ制に悩まされることになり、また対人ゲーではないので別段最強・最高装備を手にしたからといって、また更なる強武器を手に入れて強化していくだけだ。一日中カジノに貼りついてビンゴを回し続け、2窓で通常プレイも進行している・・・映画やアニメ、ドラマなんかを消化しながらもビンゴをやり続けている人もいる。日々の共闘デイリーがあり、カジノアイテム供給があり、ショップ交換があり、一日三回のボス挑戦制限がある。このゲームはとにかく遊びやすいように作られているが、その全てをこなすことがノルマのように感じてしまうゲーマーには苦痛となるだろう。また、そこらへんを割り切ったつもりでプレイしていても、フレンドに単純な時間の暴力や運でドヤられることにもやもやとした思いをすることがある。

 

 団イベもあるし、確かに身内グループでプレイするのはアリだが、身内の装備・キャラ自慢の応酬を毎日毎日目にしていると嫌になってくるのもまた、確かな事実ではある。

 

ただ、武器の強化による数字の伸び具合というものはシンプルながら成長を実感できる要素であり、上記のようなことが脳裏に浮かびつつもポジティブな心境になるのは確かだし、魅力的なキャラクターや、定期開催されるシナリオイベントも楽しみになっている。それに自分自身もレアなキャラクターを引いた画像をグループチャットに張り付けて自慢してしまうことがあるということもここに書いておきたい。

11/20

 死病の末期に、どうしてもSW最新作が観たいというファンがその願いをかなえられ、特別な試写会を開催してもらったというニュースがあった。感動的な話だ。しかし、果たしてそのファンが満足いく内容だったのだろうか?

 まさに「死ぬほど」恋焦がれていた大好きなシリーズの最新作、それを人生の最期に観ることとなった彼は果たして安らかに逝けたのだろうか。率直にいって、その本当に楽しみにしていた作品が自分の期待を裏切るような出来であったらどうなってしまうことだろう、というハナシである。

 好きな作者の作品であっても、今回は肌に合わなかったというようなことは往々にして起こることだ。自分もそうなる予感がしているので、爽快に満足してではなく、もやもやとした不満を抱えたまま死んでしまう人について考えている。

 

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lolはpreseason。変更が激しい、調整も頻繁に行われる。もうどのレーンにいっても強キャラと言われる連中が跳梁跋扈しており、ある意味バランスはとれていると言えるのかもしれない。my champであるSyndraも、以前よりはだいぶ使いやすくなった。

こんなメタでは新チャンプの(たぶん)mageがきても、あまりなじめないのではないか?などと言われていたが、なんだかんだでまだまだAPチャンプは現役でやれそう。mageメインの人間としては、もう絶対fighterとかやるの無理だし、たとえtopにいくにしてもlulu kayle lissあたりでお茶を濁していきたいものだ。ADCはもう無理。

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某アニメ最終回と、不満をつらつら

・結局最後まで「笑顔」「冒険」「キラキラ」というふわふわしたフレーズを多用したままで、なぜPが笑顔にこだわるのかというところさえ説明されず。常務とのやりとりで「まあアイドルは自分らの想像を超えてっちゃうんでグダグダ言っててもしゃーねえw」みたいな結論に達したのはまあそういうもんかなあとは思った。

 

・肝心のライブシーンは力つきたとしか思えず、回想まで入れてくる始末。というか2期は基本的にライブシーンは止め絵が多くてほとんどライブシーンの楽しみがなかった(ライブ以外の部分も延々と曇り展開ばかりだったし)。

 

・しかし、積み重ねてきたものが無さすぎるというか薄すぎる(二期以降)。なので回想に感慨深い想いに浸ることもできなかった。特にNGは、日常生活のなかで集まって食事をしていたりとかそういうチーム感が完全に欠けていた。だからNGは大切な集団云々という話が出ても惹かれるものがなかったな。

 

・アニメ化だというのに、まさかNGもTPも株を落とされるようなシナリオになるとはいったい誰が予想したのか。卯月復活回も、自主ダンスレッスンしかやってなくてリハーサルを一度もやっていなかったのに飛び入りでライブを成功させてしまうという(「想像を超えてくる」の在り方として考えても疑問符が残る)。

 

・ファンの扱い。たとえばアニマスでは律子が1話だけアイドルとしてライブを行うエピソードがあるのだが、そこでは律子がアイドルを退いて以降もずっとファンでいてくれた人が色々と働きかけてくれたりなど、アイドルという仕事はファンあってのものだということを強調しているのだが、そういった点が触れられることは無かった。

 

モバマスの方では毎週「NOMAKE」と「マジックアワー」を配信しており、NOMAKEのほうでは本編で語られていなかったエピソードというのを毎週やっていたが、アニメ視聴者でかつゲーム未経験者の何割がそこまで行ったのだろう?

 

・アイドルの人数が多すぎるからCPにメンバーを絞ったのだろうなあと思ったら、結局二期で登場アイドルが更に増えてきて、元々あまり喋れていなかったキャラが更に喋れなくなってしまったのは本末転倒なのではないか。常務はヘイトを引き受けるキャラとしては気配りが充分すぎるほどだったが、彼女にとってアイドルとはどういった存在なのか、なぜここまで成果にこだわるのかといったバックボーンは一切語られることはなく「346のブランドが~」で終始貫き、実務的な性格のはずなのにやたらポエミーなやりとりを行う。2期のシナリオを引っ張っていく敵役として考えるには優しすぎたし、かといって共感することもなかった。まあそういうもんだよねとは思うが、ならどうして延々と....

 

・普段喋りが下手くそで、「笑顔」とか曖昧なことしか言えないPがポエム合戦になると途端に力強く話し出すのはどうなの。

 

・NGで凛が云々というところではあれだけの騒ぎが起こったのに、美波はあっさり送り出してしまうという対比は何かあるのかな?と思ったが特に無かった。一体なんだったんだ?大人力アピールのため?

 

・二期序盤で楓さんが「私はファンの皆さんと共に歩んでいきます」と常務に反発したエピソードは素晴らしいと思うが、これを最初に持ってきたのに結局ファンのこととか一切考慮せずにふさぎ込む卯月とかは、お前先輩から何も学んでないのかって気分にさせられてしまう。後半に持ってくるべき話だったと思う。

 

・一期では裏方っぷりがよくわかり、コミュニケーションは苦手ながら有能なところは有能というのが伝わってきたPだが、二期においてはそういったシーンの描写は省かれまくり、アイドルは曇りまくりで本人は常務とポエムライブバトルするしでキャラクターとして劣化してしまったように感じる(このキャラを演じた声優本人にもダメだしをくらったらしい)。

 

 

総評としては、やっぱりキャラが多いソシャゲアニメで一本のシナリオやるんだったらスポットをあてるキャラクターは絞らないといけないし、それが無理でもせめてアイドルアニメだったらライブシーンはきっちりと動かしてほしかった。

 

一期はまだよかったが、二期を視聴するくらいなら最初の二話で止めて

ガンガンのNG漫画を読んだ方が絶対によい。