今だからこそペルソナ5のシナリオの残念さを振り返る

無論ネタバレ。

 

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行き場のない怒りについて

仕事のストレスが最高潮に達してしまった。

 

原因は上司でもないし取引先でもない。

 

同僚である。

 

プライベートの付き合いをするぶんには問題ないだろう人間だが、

同じ環境で働いているのが本当に苦痛になってきた。

 

そういうわけで今回は完全な愚痴になる。

 

(2018年始まって最初の更新が仕事の愚痴というのもどうなんだ)

 

・連絡無しの遅刻はあたりまえ

何度注意しても生返事だけで改善がない。

最初のころは毎日「電車が遅延した」などとほざいていたが最近は言い訳の説明すらなくなったしこちらももう何も聞かなくなった(現在は病弱アピールに切り替わっていて、ひどい時には"貧血なんで少し休んでいきます"とだけ言ってから3時間後にやってきたりなどする)。そのぶん残業してカバーしているなどと付け加えているが、遅れた分の仕事が全部俺に回ってきているだけで無意味(伝えても意味が無かった)。

 

・主体性が無い

指示待ちどころではない。自分が当事者のトラブルについて「○○さん(上司の名前)どうするんだろ~」とか言う。特定の案件について、上司はもちろん担当者ではない俺にまで「相談」と称したチェックを押しつけてくるが、そのほとんどが取るに足らない内容の確認。要するに単純に仕事の責任を他人に押し付けたいだけ。毎月のルーチンワークですら、ムダなことを何度も何度も確認してくる。自分で決断できない。議事録も「言われてないからいっか~」として作成しない(基本的な業務フローとして議事録の作成は指示がなくとも作るのが基本だということは重ねて伝えている)。

 

・仕事が遅い

いちいち指示を仰ぐし必要ない箇所の確認まで押しつけてくるので当然仕事は遅い。

途中まではこうすれば効率的になるんじゃないですか、とあれこれアドバイスしていたが、一度アドバイス済のこともいちいち口頭で確認してくるのでもう何も言わなくなった。

 

・連絡に気付いていないふりをする

仕事の連絡が入っていても自分のタスクに没頭して気付かないふりをする(なぜかいつも最重要ではない案件を手掛けている)。そして出勤が遅いので、結局連絡事項に関するタスクはほぼ全てが俺に回ってきている。それに関しては、申し訳なさそうなポーズをとることだけに徹している。更には俺に特定のメールについて「これ返信した?えっしてないの?まじか~~~」とか言い始めることもあった。

 

・多忙アピール

仕事を他人(主に俺)に押しつけまくっているのに「忙しくてそれどころじゃなくて~」とか言っちゃう。

 

心底ムカついてるので、もういっそコイツの仕事をほとんど取り上げてしまったほうがいいんじゃないかと思い始めたが、のうのうと寄生してくるであろうヴィジョンも見えている。

 

だが振り返ってみると俺もブーメランしている箇所が無いわけでもないので、反面教師としてはまあ良いのかもしれない。それに本当に一部のことに関してはパフォーマンスは出るので、多分他にもっと向いている仕事があるんだろう。

 

社会人として最低限の態度は持って接しているがそろそろ本音が漏れそうで危ない。

うたわれるもの 二人の白皇を終えて【ネタバレ】

容赦なくネタバレ。

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メッセージという力

 社会に出るようになってから、コミュニケーション能力の重要性は想像を超えたものであったということを痛感する。そして、社会的地位が高い人、あるいは有能な人というのは、元々優秀なことに加えそういった外殻によって何気ない一言で他人に大きな力を与え、奮い立たせることができるのだと気付いた。

俺は小説が好きだ。有名な実業家が書いたHowTo本ではなく、

どこの誰ともしれない、ろくな人生を送ってきたのかもわからない、無名の人間が、誰かに己の想念を届けるべく、審査を潜り抜け持ち込み担当とヤイヤイやりあいながら書き上げたメッセージ性のある小説。俗っぽいパロディにまみれていてもいいし、道徳的なものでなくてもいい。美少女イラストにまみれているかどうかも関係ないし、文章量のボリュームも問題ではない。

 どこの誰とも知れない誰かが書いたメッセージに痺れさせられる瞬間が好きなのである。その時俺は人間ではなく(あるいは肩書ではなく)作品だけを見ている。作品だけを見ているのに誰かの想いというものを非常に強く感じることができるからだろう。

 

たとえその作家が一年以上かけて苦労した書いた内容が

偉くて優秀な人がちょっとだけコストをかけてやった講演と同じ程度の効果だとしても、俺は前者を選ぶと思われる。

 

しらける瞬間

  グランブルーファンタジーの話だが、ゴールドムーン導入、SSRフェリ登場と来たあたりから一気に課金・無課金の戦力差は広がったのではないかと感じる。無課金は風、課金者は光を選択するのが大正義という状況。もちろんプレイヤーは自分の好きな属性を強化していってもよいのだが、マルチバトルでこの2属性があまりにも暴れ回っている。

 自分の身内があまりにもやりこんでいるためこの狂気の沙汰のようなレースについていっている、というか先頭を行っているようなプレイヤーすら混ざっているのだが、彼らのやりこみを傍観しているだけでもう満足してしまった。

 オンラインRPGは自分のかけた情熱と時間(効率プレイ)がものをいう世界で、そしてそこに終わりは無い。そういうことを考えていると、対戦ゲームならともかく、終わりのないRPGで効率プレイをする意味はあるのか?などと考え始めてしまう。もちろん、楽しむためにやりこむわけだしそこに異議とか意味を求めるのはゲーマーとしては何か違うとは思うのだが、全員が横並びで課金しながら同じコンテンツを効率プレイしている姿というのは、やはり俺のスタンスではないということなのだろう。

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低モチベアピールはダサい。

 はっきりいってダサい。普段「やってない」ということはみんな承知だし、定期的にあるイベントで「ちゃんとやり続けている人」に劣るのは道理であるとは思うのだが、かつてやりこんでいたころの自分はそいつよりも上だった、というような余計な意識が働いてしまうのだろうか、余計なアピールをしてしまうことがある。高モチベアピールならばともかく、低モチベアピールは本当にダサい。モチベが無い、モチベが無いと言っておいてちょっとした出来事で手の平を返すのも相当にダサい。自分はダサい要素を羊飼いのようにして引き連れて生きてきたが、流石にそのことを自覚し始めた。

 

 低モチベアピールとは別の話だが、自分がなんらかにおいて一定以上の能力を持っていると匂わせるような発言を自ら行うのもかなりダサい。それをやって似合うのは本当に一握りの人間だけで、実際に成功している人間であっても鼻につくことのほうが圧倒的に多いと思う。格ゲーにしても、自分じゃ昇龍をぶっぱなしまくって最大確定反撃をもらって負けているくせに、初心者をわからせておいて「リスクリターンが合わなくなるので昇龍はあまりぱなさないほうがいいですよ」などと言う者がいたりもする。以前はこういった光景を見たり自ら体現してしまっていてもただもやもやとするだけで終わっていたのだが、今はただイライラとしてしまう。

グラブルをやりこんでみて感じた虚無感について

 グランブルーファンタジーは装備ゲーであり、どんなに豪華なキャラクターを持っていても装備がしょぼかったらEX程度のボスですらソロで討伐することができない。その装備を入手したり鍛えたりするためにはとにかく地道なやりこみと、ドロップ運が必要になってくる。運が良ければよいほどコストは減る、時間と金両方において。かつてやっていたモバマスは本当に札束で殴りあうだけのゲームだったが、グラブルはどちらかというとグルメ的な道楽に近いような印象がある。だがモバマスと同様に飯テロ写メを貼るような感覚で日々ドヤりガチャSS、レアドロSSが飛び交い、ほとんどの場合人々がゲームのボスの強さ云々ではなく運に一喜一憂している姿を目にすることになる。

 

 このゲームは最適行動をとろうとすると必ず時間の浪費とスタミナ制に悩まされることになり、また対人ゲーではないので別段最強・最高装備を手にしたからといって、また更なる強武器を手に入れて強化していくだけだ。一日中カジノに貼りついてビンゴを回し続け、2窓で通常プレイも進行している・・・映画やアニメ、ドラマなんかを消化しながらもビンゴをやり続けている人もいる。日々の共闘デイリーがあり、カジノアイテム供給があり、ショップ交換があり、一日三回のボス挑戦制限がある。このゲームはとにかく遊びやすいように作られているが、その全てをこなすことがノルマのように感じてしまうゲーマーには苦痛となるだろう。また、そこらへんを割り切ったつもりでプレイしていても、フレンドに単純な時間の暴力や運でドヤられることにもやもやとした思いをすることがある。

 

 団イベもあるし、確かに身内グループでプレイするのはアリだが、身内の装備・キャラ自慢の応酬を毎日毎日目にしていると嫌になってくるのもまた、確かな事実ではある。

 

ただ、武器の強化による数字の伸び具合というものはシンプルながら成長を実感できる要素であり、上記のようなことが脳裏に浮かびつつもポジティブな心境になるのは確かだし、魅力的なキャラクターや、定期開催されるシナリオイベントも楽しみになっている。それに自分自身もレアなキャラクターを引いた画像をグループチャットに張り付けて自慢してしまうことがあるということもここに書いておきたい。