05/10

 かつて母親だった人からの半年ごとの定期的な電話を、ずっと無視してきていた。両親の離婚が確定した時、母が精神を病んでいたのは俺の眼にも明らかだったし、かといって同情や擁護したくなる気持ちを誘われるような気分になったかというと、そうではない。俺への食事提供を放棄して独り居酒屋に通い、家事をサボッてソファーに寝そべってビールを飲みまくり、腹は狸に、髪の毛はろくに洗わずフケだらけというような人で、しかもそのくせ就寝した俺の頬にキスをしにくる。俺はこれを嫌悪感を引きずりながら歯を食いしばって我慢していたようなありさまだったので、正直なところ離婚が決定したことにホッとしてすらいたのである。

 

 だから、母からの電話はずっと拒んできていた。だが今晩、本当の気まぐれから、電話をとってしまった。

 声色は昔とあまり変わっていなかったような気がする。だが、明らかに変わっていたのはその話し方だった。まだ50前後のはずなのに、まるで老婆と精神を患った人間の中間にいるかのようなトーンだった。なんとなく、そうなんとなく後ろ髪をひかれる想いをずっと味わってはいた。しかしそれはくだらない感傷の残滓のようなものなのだと、だから電話も取らずにいた。しかし電話を取って初めて、自分が本当に心の底から母親だった人に対してなんら愛情も未練も見いだせなくなっていたということに気付いてしまった。電話をとってすぐに自分の口調は急速に機械的で、事務的なものになっていた。まるで、普通のごみと、リサイクルできる回収品をよりわけながら喋っているかのようだ。そして俺はあの人を、心の中で前者として、袋にしばって、捨てた。

 

 ただ、あの恐ろしい声だけは、しばらく脳裏に響くことになるのかもしれない。